結論:個人オーナーの会社売却は、株式譲渡のほうが税負担が軽くなりやすい
会社を売る方法は大きく2つあります。株式譲渡(オーナーが持つ株式を買い手に売る)と、事業譲渡(会社が事業そのものを買い手に売る)です。同じ「1億円で売る」でも、税金の計算はまったく別物になります。
| 株式譲渡 | 事業譲渡 | |
|---|---|---|
| 売り手(誰が課税されるか) | オーナー個人 | 会社(さらに個人へ渡すときに再課税) |
| 売り手の税率 | 譲渡益の20.315%(申告分離課税) | 会社に法人税等(概算30%)+清算・配当時に個人へ総合課税 |
| 買い手の税務メリット | のれん相当額は損金にならない | のれん相当額(資産調整勘定)を5年で損金化 |
| 消費税 | かからない(有価証券の譲渡は非課税) | 課税資産の部分にかかる |
| 引き継ぐもの | 会社まるごと(簿外債務・契約・許認可・欠損金を含む) | 選んだ資産・負債・契約だけ(個別に承継手続き) |
本記事では、この表の中身を**同じ設例(売却額100,000千円)**で通して計算し、売り手・買い手それぞれの立場で何が変わるのかを確認します。
※ 本記事は売り手が個人オーナー(100%株主)、買い手が法人という中小M&Aで最も多いケースを前提にしています。売り手が法人(持株会社など)の場合は後述のとおり結論が変わります。
株式譲渡の税金:売り手個人に20.315%の分離課税
株式譲渡では、オーナー個人が株式を売り、譲渡益に対して所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%=合計20.315%が課税されます(租税特別措置法37条の10。国税庁タックスアンサーNo.1463)。給与や配当と合算されない申告分離課税なので、譲渡益がいくら大きくても税率は一定です。
設例:売却額100,000千円・取得費10,000千円
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 譲渡価額 | 100,000千円 |
| 取得費(設立時の出資額) | △10,000千円 |
| 譲渡益 | 90,000千円 |
| 税額(90,000 × 20.315%) | △18,284千円 |
| 手取り額 | 81,716千円 |
売却額の約82%が手元に残ります。取得費が分からない場合の概算取得費(売却代金の5%)や仲介手数料の扱いは、会社売却の手取り計算の記事で詳しく解説しています。
事業譲渡の税金:会社に法人税、個人に渡すときにもう一度課税
事業譲渡では、売買の当事者はオーナー個人ではなく会社です。売却代金は会社に入り、譲渡益(売却代金−譲渡した資産・負債の簿価)に対して法人税等がかかります。
ここで終わりではありません。会社に残ったお金をオーナー個人が受け取るには、配当・役員報酬・退職金・会社の清算のいずれかを経る必要があり、そこでもう一度、個人側の税金がかかります。これが「二段階課税」です。
設例:同じ100,000千円で事業譲渡し、会社を清算して個人が受け取る場合
前提を揃えます。会社の簿価純資産は40,000千円(資本金等10,000千円+利益剰余金30,000千円)、譲渡する資産・負債の時価は簿価と同額、法人税等の実効税率は30%(ValSimの簡易モデルと同じ固定値)とします。
第1段階:会社に法人税
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 事業の譲渡対価 | 100,000千円 |
| 譲渡した純資産の簿価 | △40,000千円 |
| 譲渡益 | 60,000千円 |
| 法人税等(60,000 × 30%) | △18,000千円 |
| 税引後に会社に残る現金(100,000 − 18,000) | 82,000千円 |
第2段階:清算して個人が受け取る(みなし配当)
会社を解散・清算して残余財産82,000千円を分配すると、資本金等の額10,000千円を超える部分の72,000千円は「みなし配当」として扱われます(所得税法25条1項)。非上場株式の配当は総合課税で、申告分離課税や申告不要制度を選ぶことはできません(国税庁タックスアンサーNo.1330)。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| みなし配当(82,000 − 資本金等10,000) | 72,000千円 |
| 所得税(72,000 × 45% − 4,796) | 27,604千円 |
| 配当控除(1,000万円以下部分10%+超過部分5%) | △4,100千円 |
| 復興特別所得税(差引後所得税 × 2.1%) | 494千円 |
| 住民税(72,000 × 10% − 配当控除1,148) | 6,052千円 |
| 個人の税額合計 | 約30,050千円 |
| 個人の手取り額(82,000 − 30,050) | 約51,950千円 |
※ 所得控除・均等割は省略し、その年の所得は配当所得のみと仮定した概算です。所得税率は速算表(国税庁タックスアンサーNo.2260)、配当控除は同No.1250および住民税の控除率(1,000万円以下2.8%・超過部分1.4%)によります。
2つのスキームの比較
| 株式譲渡 | 事業譲渡+清算 | |
|---|---|---|
| 会社段階の税金 | なし | 18,000千円 |
| 個人段階の税金 | 18,284千円 | 約30,050千円 |
| 税金合計 | 18,284千円(18.3%) | 約48,050千円(48.1%) |
| 個人の手取り額 | 81,716千円 | 約51,950千円 |
同じ100,000千円の売却でも、手取りは約3,000万円変わります。事業譲渡では、①会社段階で30%、②個人段階で最高税率帯の総合課税と、二重に税がかかるためです。
補足:会社を清算しない場合・売り手が法人の場合
- 会社を清算せず、売却代金を会社に残す場合、その時点では個人側の課税は生じません。ただし、将来オーナーがそのお金を引き出すときには配当・役員報酬・退職金のいずれかの形で課税されるため、「課税が消える」わけではなく「先送りされる」だけです。会社を残して不動産賃貸などの別事業を続ける、あるいは退職金として計画的に受け取るといった設計は、個別性の高い論点です
- **売り手が法人(持株会社など)**の場合、株式譲渡の譲渡益にも法人税等(概算30%)がかかるため、事業譲渡との差は個人株主の場合ほど大きくなりません。「株式譲渡が有利」という結論は、個人株主だからこそ成り立つ点に注意してください
買い手側の違い:事業譲渡は「のれん」が5年で損金になる
売り手にとって不利な事業譲渡を、なぜ買い手は好むことがあるのか。最大の理由が**税務上ののれん(資産調整勘定)**です。
事業譲渡(一定の要件を満たすもの)で、買い手が支払った対価が受け入れた資産・負債の時価純資産を上回る場合、その差額は資産調整勘定として計上されます(法人税法62条の8第1項)。資産調整勘定は、当初計上額を60で除した金額に事業年度の月数を乗じた額を毎期減額し、損金に算入します(同条4項・5項)。つまり5年間の均等償却で節税効果が生まれます。
設例の買い手にとっての効果
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 支払対価 | 100,000千円 |
| 受け入れた純資産の時価 | △40,000千円 |
| 資産調整勘定 | 60,000千円 |
| 年間の損金算入額(60,000 ÷ 5年) | 12,000千円 |
| 年間の節税効果(12,000 × 30%) | 3,600千円 |
| 5年間の節税効果合計 | 18,000千円 |
一方、株式譲渡では買い手に税務上ののれんは生じません。買い手が支払った100,000千円は「子会社株式の取得価額」となるだけで、損金になる部分はありません(会計上ののれんと税務上の扱いの違いはM&Aののれんとはで解説しています)。
この差があるため、買い手が事業譲渡を提案してくる場合、売り手の税負担増と買い手の節税効果を価格でどう分け合うかが交渉のポイントになります。「売り手の手取りが株式譲渡と同水準になるよう対価を上乗せする」という調整(グロスアップ)が議論されることもあります。
消費税・不動産の税金:事業譲渡だけにかかるコスト
株式譲渡は有価証券の譲渡であり、消費税は非課税です(消費税法6条・別表第二。国税庁タックスアンサーNo.6201)。
事業譲渡は、会社が事業用資産を個別に譲渡する取引なので、消費税の課税対象になります(消費税法4条。同No.6105)。譲渡する資産の種類で課税・非課税が分かれます。
| 課税される資産 | 非課税の資産 |
|---|---|
| 棚卸資産(商品・製品) | 土地(借地権を含む) |
| 建物・機械装置・車両・器具備品 | 有価証券 |
| のれん(営業権)相当額 | 売掛金などの金銭債権 |
買い手は課税資産の対価に消費税を上乗せして支払い、原則としてその消費税は仕入税額控除の対象になるため最終的な負担は限定的ですが、支払時の資金負担は発生します。売り手の会社側には納税義務が生じます。さらに不動産を含む事業譲渡では、買い手に登録免許税・不動産取得税がかかります。
これらは株式譲渡では一切生じないコストです。事業譲渡を検討する際は、法人税・所得税だけでなく、こうした「取引コスト」まで含めて比較する必要があります。
税金以外の違い:債務・契約・従業員・許認可
税金の比較と同じくらい重要なのが、何を引き継ぐかの違いです。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 簿外債務・偶発債務 | 会社ごと引き継ぐ(買い手のリスク) | 原則引き継がない(ただし商号を続用すると弁済責任を負いうる:会社法22条) |
| 取引契約・賃貸借契約 | 会社が当事者のまま継続(COC条項の確認は必要) | 相手方の同意を得て個別に移転 |
| 従業員 | 雇用関係はそのまま | 個別の同意を得て転籍 |
| 許認可 | 原則そのまま(業法により届出要) | 原則、買い手が再取得 |
| 繰越欠損金 | 会社に残る(一定の場合に使用制限:法人税法57条の2) | 買い手には移転しない |
| 会社側の手続き | 株主の売買(譲渡承認) | 事業の全部・重要な一部の譲渡は株主総会の特別決議(会社法467条1項・309条2項) |
買い手から見ると、株式譲渡は「手続きは簡単だが、見えない債務まで引き受ける」、事業譲渡は「必要なものだけ選べるが、契約や許認可の移転に手間がかかる」という関係です。簿外債務のリスクが大きい会社や、赤字・債務超過の会社では、買い手が事業譲渡を選好する傾向が強まります。
使い分けの目安
| 状況 | 向いているスキーム | 理由 |
|---|---|---|
| 個人オーナーが黒字会社を丸ごと売る | 株式譲渡 | 20.315%の一段階課税で手取りが最大化しやすい |
| 複数事業のうち一部だけ売る | 事業譲渡(または会社分割) | 対象を切り出せる |
| 債務超過・簿外債務の懸念が大きい | 事業譲渡 | 買い手が債務を引き継がない形にできる |
| 買い手が節税効果を強く求める | 事業譲渡+対価の上乗せ交渉 | 買い手の5年償却メリットを価格で分け合う |
| 契約・許認可の移転が実務上困難 | 株式譲渡 | 会社が当事者のまま継続できる |
中間的な選択肢として会社分割(採算事業を新会社に切り出して株式譲渡する)もあり、税務上は適格・非適格の判定で結論が変わります。スキーム選択は税務・法務・買い手の事情が絡む論点なので、条件交渉に入る前に税理士・弁護士と全体像を整理しておくのが安全です。
よくある質問
Q. 事業譲渡の代金を会社に残しておけば、個人の税金はかからないのですか?
A. 会社に残っている間は個人側の課税は生じません。ただし、オーナーがそのお金を受け取る段階(配当・役員報酬・退職金・清算)で必ず課税されます。「かからない」ではなく「まだかかっていない」状態です。どの形で受け取るかによって税負担は変わるため、出口まで含めた設計が必要です。
Q. 買い手から「事業譲渡にしてほしい」と言われました。価格は株式譲渡のときと同じでいいですか?
A. そのままでは売り手だけが不利になる可能性が高いです。本記事の設例では、買い手は5年間で約18,000千円の節税効果を得る一方、売り手の手取りは約3,000万円減ります。買い手の節税効果の一部を対価に上乗せしてもらう交渉が一般的で、その前提として「株式譲渡なら手取りいくら・事業譲渡なら手取りいくら」を数字で示せることが重要です。
Q. 株式譲渡でも消費税はかかりますか?
A. かかりません。株式(有価証券)の譲渡は消費税の非課税取引です。事業譲渡の場合だけ、棚卸資産・建物・機械・のれん相当額などの課税資産の部分に消費税がかかります。
Q. 繰越欠損金がある会社は、株式譲渡のほうが買い手に喜ばれますか?
A. 欠損金は株式譲渡なら会社に残り、事業譲渡では買い手に移りません。ただし株式譲渡でも、支配関係が生じた後に旧事業を廃止して新事業を始めるなど一定の事由に該当すると、欠損金の使用が制限されます(法人税法57条の2)。「欠損金の分だけ価格が上がる」と期待しすぎないほうが実態に近いです。詳しくは赤字・債務超過会社のM&A価格の記事をご覧ください。
まとめ:スキームの選択は「手取り」を最初に数字で押さえる
- 株式譲渡は個人オーナーに20.315%の一段階課税。設例では手取り約8,170万円
- 事業譲渡は会社に法人税等(概算30%)、清算・配当で個人にもう一度課税される二段階課税。設例では手取り約5,200万円
- 買い手は事業譲渡なら資産調整勘定を5年で損金化でき、消費税・不動産の税金も発生する。買い手の節税と売り手の負担増を価格で分け合うのが交渉の実務
- 簿外債務・契約・従業員・許認可・欠損金の引き継ぎ方も異なる。税金だけでなく「何を引き継ぐか」で選ぶ
ValSimの無料ツールなら、想定譲渡価額と取得費、役員退職金の併用条件を入力するだけで、株式譲渡の税引後手取り額を試算できます。まず株式譲渡の手取りを基準値として押さえたうえで、買い手からスキーム変更の提案があった場合の比較材料にしてください。売却後の申告手続きは会社を売却した年の確定申告の記事、退職金を組み合わせる場合の考え方は役員退職金の功績倍率の記事も参考になります。
※ 本記事は2026年9月3日に公開しています(筆者は2026年6月24日付で税理士登録)。
※ 本記事は一般的な制度の解説であり、個別の税務相談に代わるものではありません。実際の税額は、株主構成、会社の財務内容、譲渡する資産の内容、清算・配当の時期、他の所得の状況などにより変わります。記事中の税率・控除額は執筆時点のものであり、法人税等の30%は概算のための固定値です。スキームの選択と実行にあたっては税理士・弁護士にご相談ください。