「赤字だから売れない」は思い込みのことが多い

赤字が続いている会社のオーナーから、「うちは赤字だから買い手なんて付かないですよね」という相談をよく受けます。結論から言えば、赤字であることと売れないことはイコールではありません。

買い手が赤字会社を買う理由は、いくつもあります。

  • 時間を買う:ゼロから立ち上げるより、既存の設備・拠点・組織を引き継いだほうが早い
  • 許認可・免許:建設業許可、運送業、産廃、医療・介護、酒類販売など、新規取得に時間と要件がかかるもの
  • 人材:採用難の職種(エンジニア、施工管理、ドライバー、有資格者)を組織ごと確保する
  • 顧客基盤・取引口座:大手との取引口座、地域シェア、既存契約
  • 不動産・設備:本社土地、工場、倉庫といった含み益のある資産
  • シナジー:買い手の販路に乗せれば黒字化する、間接部門を統合すれば固定費が下がる

これらは損益計算書の当期純利益には表れません。赤字会社の価格は「利益」ではなく、「資産」と「引き継げる価値」から積み上げて決まる、というのが基本の考え方です。

赤字会社では、なぜ倍率法が使えないのか

黒字会社のM&Aでは「EBITDA × 業種別倍率」で企業価値を概算するのが定番です(→業種別EBITDA倍率の目安)。しかし赤字会社では、この式の分母がマイナスになるため機能しません。マイナスに倍率を掛ければ企業価値もマイナスになってしまいます。

そこで実務では、次のように評価アプローチを切り替えます。

状況主に使われる評価方法補足
見かけ上の赤字(正規化すると黒字)正規化EBITDA × 倍率、または時価純資産+のれん実は黒字会社。まず正規化を確認する
構造的な赤字だが資産がある時価純資産法最も一般的。清算価値の考え方に近い
赤字だが売上は伸びている(SaaS・スタートアップ等)PSR法(売上高倍率法)・ARR倍率法(年間経常収益倍率法)成長率が価格を決める
再建計画に確度があるDCF法(割引キャッシュフロー法)計画の実現可能性が争点。中小では採用しづらい
債務超過株式価値ゼロ前提の枠組み/事業譲渡・会社分割後述

このうち中小企業のM&Aで軸になるのは、時価純資産法です。ValSimの時価純資産法ツールも、この考え方に沿って計算しています。

まず確認すべき:その赤字は「本当の赤字」か

評価方法を選ぶ前に、必ず確認したいことがあります。オーナー企業の損益計算書は、そもそも利益が出にくい形になっているという点です。

  • オーナー報酬を高く設定している
  • 勤務実態のない親族に給与を払っている
  • オーナー個人所有の不動産に、相場より高い地代を払っている
  • 経営者保険や私的な費用が経費に入っている
  • 当期限りの訴訟費用・特別対応費が発生した

これらを第三者基準に引き直すと、赤字だと思っていた会社が実は黒字だった、というケースは珍しくありません。買い手はこの調整(正規化)を必ず行うため、売り手も先に自分で計算しておくべきです。手順は正規化EBITDAとは?にまとめています。

正規化後も赤字が残る場合は、次に赤字の性質を見ます。

  • 一過性の赤字(大口取引の一時的な喪失、設備投資の初期負担、災害・特殊要因)→ 価格が付きやすい
  • 構造的な赤字(粗利率が業界水準を下回る、固定費が売上規模に見合わない、市場自体が縮小)→ 資産価値中心の評価になる

時価純資産法の実務 — 何を洗い替えるか

時価純資産法は、貸借対照表の資産・負債を時価に評価し直して純資産を求める方法です。簿価をそのまま使う「簿価純資産法」とは、ここが決定的に違います。

洗い替える項目方向内容
土地・建物+/−含み益・含み損。本社や工場に大きな含み益があることが多い
有価証券・ゴルフ会員権+/−時価評価
保険積立金+解約返戻金との差額
売掛金−回収不能・長期滞留分の評価減
棚卸資産−滞留在庫・不良在庫の評価減
固定資産−遊休設備・除却予定資産
退職給付−引当不足(簿外の債務)
未払残業代・社会保険−未計上分(簿外債務)
貸倒引当金・賞与引当金−引当不足
リース・保証債務−オフバランス債務、係争中の訴訟

赤字会社では、マイナス方向の調整が想定より大きく出ることが多い点に注意が必要です。業績が苦しい会社ほど、不良債権や滞留在庫の処理、引当金の計上が後回しになっている傾向があるためです。買い手のデューデリジェンスでは真っ先にここを見られます(→財務DDチェックリスト)。

通し数値例 — 3つの価格パターン

同じ会社を題材に、赤字の性質によって価格がどう変わるかを見てみます。

前提:製造業・年商4億円・営業赤字5,000千円

ステップ1:時価純資産を計算する

項目金額(千円)
簿価純資産30,000
+ 土地の含み益(簿価20,000/時価60,000)+40,000
+ 保険積立金と解約返戻金の差額+5,000
− 回収不能の売掛金△8,000
− 滞留在庫の評価減△12,000
− 退職給付の積立不足(簿外)△15,000
− 未払残業代(未計上)△5,000
= 時価純資産35,000

含み益が大きい一方で簿外債務も大きく、結果として時価純資産は簿価純資産に近い35,000千円になりました。

ステップ2:赤字の性質で価格が分かれる

パターン① 正規化すると黒字だった場合

項目金額(千円)
営業利益(決算書)△5,000
+ オーナー報酬の適正化+12,000
+ 一時的な費用+3,000
= 正規化営業利益10,000

この場合、時価純資産に営業権を上乗せして価格を組みます。実務で使われる計算方法は2つあります。

ここでいう営業権は、価格を積み上げるための評価上の概念です。買収後の会計処理で計上される「のれん」——取得原価から識別可能な資産・負債の時価を配分した残余として算定されるもの(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」)——とは算定の向きが逆であり、金額が一致するとは限りません。交渉の場で「のれん」という言葉が出てきたら、どちらの意味かを確認してください。 のれんの計算・償却・税務上の扱いはM&Aののれんとはの記事で解説しています。

① 超過収益力法(ValSimの時価純資産法ツールが採用している方法)

時価純資産に期待収益率を掛けた「その資産規模なら当然に得られるはずの利益」を超える部分=超過利益を、持続年数だけ積み上げます。期待収益率は同業種の一般的な収益率(5〜10%が目安)、持続年数は3〜5年が一般的です。

  • 超過利益 = 正規化後の経常利益 10,000 − 時価純資産 35,000 × 期待収益率 8% = 7,200千円
  • 営業権 = 7,200 × 3年 = 21,600千円
  • 株式価値 = 35,000 + 21,600 = 56,600千円

(本例では営業外損益がないものとして、正規化営業利益と正規化後の経常利益を同額としています)

② 年買法(年倍法)

より簡便に「正規化営業利益 × 年数」を営業権とする方法です。この例では 10,000 × 2〜3年 = 20,000〜30,000千円となり、株式価値は55,000〜65,000千円。①の結果もこのレンジに収まります。

黒字企業では「営業利益の3〜5年分」で語られることもありますが、赤字からの回復途上にある会社では、買い手が黒字化までのリスクを織り込むため年数は短めに見られるのが通常です。

なお年買法は簡便法であり、理論的な裏付けは強くありません。買い手が金融機関から買収資金を調達する場合、返済年数(=何年で回収できるか)の説明として使われているという側面が大きい点は理解しておくべきです。

パターン② 構造的な赤字が続く場合

のれん(営業権)は乗りません。価格は時価純資産が上限の目安となり、35,000千円前後、あるいはそこからさらに引かれるのが現実的な水準です。買い手は赤字を引き受ける以上、黒字化までの追加負担を織り込むためです。

このパターンでは、土地・工場などの資産価値がそのまま価格の主成分になります。「事業を買う」というより「資産と拠点を買う」取引に近づきます。

パターン③ 債務超過の場合

時価純資産がマイナスであれば、株式そのものの価値はゼロです。実務では株式を1円〜数万円で譲渡し、買い手が債務を引き受けたうえで再建する形が取られます。

債務超過でも事業を引き継いでもらう方法

株式価値がゼロでも、事業に価値があれば承継の道はあります。

1. 株式譲渡(1円譲渡):会社をそのまま引き継ぐ形。許認可や契約関係を維持できる反面、買い手は簿外債務も含めてすべてを引き受けるため、デューデリジェンスは厳格になります。

2. 事業譲渡:買い手が必要な資産・契約・従業員だけを選んで買い取る形。債務は原則として引き継がれないため、買い手にとって最もリスクが低く、債務超過案件では最も現実的な選択肢です。ただし契約の個別同意・許認可の取り直し・消費税の課税といった手当てが必要になります。 株式譲渡と事業譲渡で売り手・買い手の税金がどう変わるかは株式譲渡と事業譲渡の税金の違いの記事をご覧ください。

3. 会社分割:採算部門を新会社に切り出して譲渡する形。事業譲渡より手続きは重いものの、契約関係を包括的に移せます。債権者保護手続きが必要で、詐害的会社分割と評価されないような設計が欠かせません。

いずれのスキームでも、実務上いちばん大きな論点になるのは経営者保証です。会社の借入にオーナー個人が連帯保証している場合、株式を譲渡しても保証が自動的に外れるわけではありません。金融機関との保証解除の交渉を、譲渡と並行して進める必要があります(経営者保証に関するガイドラインに基づく協議が入口になります)。

繰越欠損金は価格に上乗せされるか

「赤字の分だけ繰越欠損金があるので、その節税メリットを価格に反映してほしい」という主張は、売り手からしばしば出てきます。

理屈としては理解できますが、実務で額面どおり価格に乗ることは多くありません。理由は次のとおりです。

  • 株式譲渡であれば欠損金は法人に残りますが、法人税法57条の2により、支配関係が生じた後に旧事業を廃止して新たな事業を開始するなど一定の事由に該当すると、欠損金の使用が制限されます
  • 買い手が実際に使えるかどうかは、買収後の事業の進め方と将来の課税所得次第です。買い手にとっては不確実な資産にすぎません
  • 事業譲渡・会社分割のスキームでは、そもそも欠損金は移転しません

したがって、欠損金は「価格を押し上げる要素」というより、買い手が株式譲渡スキームを選好する理由の一つとして交渉に現れる、と捉えておくのが実態に近いです。

売り手が価格を上げるためにできること

赤字会社の売却で、実行前にできることは意外に多くあります。

  1. 正規化を先に行う:オーナー報酬・同族取引・一時費用を調整した実力値を、根拠資料つきで示す
  2. 簿外債務を先に洗い出す:未払残業代、退職給付、係争案件。DDで発見されると価格交渉の主導権を失いますが、先に開示すれば「誠実な売り手」として信頼が積み上がります
  3. 不採算部門を整理する:赤字の原因が特定部門なら、その部門を除いた収益力を示せるようにする
  4. 資産の時価を把握する:不動産の査定書、有価証券の時価、保険の解約返戻金証明。時価純資産法の価格は、この資料の有無で説得力が変わります
  5. 早く動く:赤字が続けば純資産は毎期減っていきます。時間の経過そのものが値下がり要因です

よくある質問

Q. 債務超過でも本当に買い手は見つかりますか?

A. 事業に固有の価値(許認可、人材、顧客基盤、立地)があれば見つかります。ただし株式のまま引き継ぐケースは限られ、事業譲渡や会社分割で必要な部分だけを承継する形が中心になります。買い手候補は同業の中堅企業や、その地域で事業拡大を狙う会社であることが多いです。

Q. 赤字会社の売却価格の相場はありますか?

A. 黒字会社のような倍率の相場は存在しません。時価純資産が実質的な基準線になり、そこに事業の引き継ぎ価値が乗るかどうかで決まります。だからこそ、資産の時価と簿外債務を正確に把握することが、価格の議論の出発点になります。

Q. 赤字でも「のれん代」を払ってもらえますか?

A. 正規化後の実力値が黒字であれば、その2〜3年分が目安として交渉のテーブルに乗ります。構造的な赤字が続く場合、のれんは付かないと考えるのが現実的です。ただし許認可や有資格者の確保に大きな価値がある場合、それ自体が実質的なのれんとして価格に反映されることはあります。

Q. 赤字が理由で、税務上の株価(相続税評価額)も下がりますか?

A. 下がる方向に働きます。類似業種比準価額では利益がマイナスの場合ゼロとして扱われ、純資産価額も欠損の累積で低くなるためです。評価額が下がっている時期は、後継者への株式移転のタイミングとしては有利ということでもあります。考え方は自社株の評価方法とは?を参照してください。

まとめ

  • 赤字でも、許認可・人材・顧客基盤・資産といった引き継げる価値があれば会社は売れる
  • 赤字会社ではEBITDA倍率法が機能しないため、時価純資産法が価格の軸になる
  • まず確認すべきは「その赤字は本当の赤字か」。正規化すると黒字というケースは非常に多い
  • 時価純資産では含み益だけでなく、不良債権・滞留在庫・退職給付の積立不足・未払残業代といったマイナス方向の調整が大きく出る
  • 債務超過でも、事業譲渡・会社分割で事業を承継する道はある。最大の実務論点は経営者保証の解除
  • 繰越欠損金は、欠損金の使用制限があるため額面どおり価格に乗ることは多くない

ValSimの時価純資産法ツールなら、資産・負債の時価調整(土地の含み益・建物の含み損・不良在庫の評価減・回収不能売掛金・退職給付債務の未認識分など)を入力するだけで、時価純資産と営業権(超過収益力法)を加えた株主価値を無料で試算できます。債務超過に該当する場合はその旨も表示されます。正規化後に黒字が見えている場合は、企業価値算定ツールとの併用で価格レンジを比較してみてください。


※ 本記事は2026年9月2日に公開しています(筆者は2026年6月24日付で税理士登録)。

※ 本記事は一般的な考え方の解説であり、個別案件の価格や成約可能性を保証するものではありません。スキームの選択、債務の取扱い、税務上の影響については、公認会計士・税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

※ 本記事およびValSimの各ツールは、概算・教育目的の簡易モデル(固定実効税率30%・業種別の目安倍率等)に基づくものであり、実際のM&A取引価格や正式な株式価値算定の結果とは異なります。記事中の倍率・相場・料率は更新時点の目安であり、個別案件では前提により大きく異なります。実際の意思決定にあたっては、公認会計士・税理士等の専門家にご相談ください。