EBITDA倍率とは

EBITDA倍率(EV/EBITDAマルチプル)は、企業価値(EV)をEBITDAで割った指標です。M&Aの価格交渉で最も広く使われる「ものさし」であり、「この会社はEBITDAの何倍で取引されているか」を示します。

計算式:

EV/EBITDA倍率 = 企業価値(EV) ÷ EBITDA

逆に言えば、企業価値 = EBITDA × 倍率 で算定できます。

EBITDAの算出(簡便法):

EBITDA = 営業利益 + 減価償却費

なお、中小企業のM&A実務では帳簿上のEBITDAをそのまま使わず、正常化(ノーマライズ)調整を行うのが通常です。オーナー役員報酬の市場水準超過分、オーナーの個人的経費(車両・保険・交際費等)、一時的な損益などを調整し、「事業の実力ベースのEBITDA」に引き直したうえで倍率を掛けます。調整項目の内訳はEBITDA正常化ツールで試算できます。

なぜEBITDA倍率が使われるのか

M&Aの実務でEBITDA倍率が好まれる理由は3つあります。

1. 資本構成の影響を排除できる

PER(株価収益率)は借入の多寡で変動しますが、EBITDAは利払い前の利益なので、資本構成が異なる企業同士を比較できます。

2. 会計方針の影響を受けにくい

減価償却方法(定額法・定率法)の違いを排除できるため、設備投資の大きい業種でも公平に比較可能です。

3. キャッシュフローの代理指標になる

EBITDAは(運転資本の増減や税金を考慮する前の)営業キャッシュフローの近似値であり、「この会社が年間いくらのキャッシュを生むか」を直感的に把握できます。

業種別EBITDA倍率の目安

以下は、ValSimの企業価値算定ツールと同一の業種別倍率マスタに基づく目安です。

業種低め中央値高め特記事項
製造業5.0x7.0x9.0x独自技術・特許保有で上振れ。食品製造もこの区分を参照
小売・飲食4.0x6.0x8.0x多店舗展開力・立地資産
IT・受託開発5.0x7.0x10.0xエンジニアの定着率が重要
SaaS8.0x12.0x18.0xARR成長率30%超で上振れ
建設・不動産4.0x6.0x8.0x許認可・技術者在籍がプレミアム。不動産賃貸・開発型は純資産(NAV)ベースの評価が主流
医療・介護5.0x7.0x10.0x人材確保力・施設の稼働率。報酬改定リスクに留意
物流・運輸4.0x6.0x8.0xドライバー確保・倉庫資産
卸売業3.0x5.0x7.0x仕入先・販売先の関係性
人材・HRTech5.0x8.0x12.0x登録スタッフ数・リピート率。HRTechはSaaS水準に近づく
EC・プラットフォーム5.0x8.0x14.0xGMV成長率・テイクレート
DeepTech・スタートアップ8.0x12.0x20.0x赤字フェーズはPSR/ARR法が主。EBITDA倍率は参考値
サービス業(その他)5.0x7.0x10.0xストック収益の有無で差

※ 上場企業の取引水準等を参考にした目安(中小M&Aの実取引はこれより低くなる傾向)。2026年7月時点。実際の倍率は案件の個別事情・交渉環境によって異なります。

上場企業と中小企業の倍率の違い

上場企業のEV/EBITDA倍率は、金融データベース(SPEEDA、Bloomberg等)で取得できます。しかし、中小企業のM&Aでは上場企業の倍率をそのまま適用すべきではありません。

中小企業で倍率が割り引かれる理由:

  • 流動性ディスカウント:非上場株式はいつでも売れるわけではない
  • 小規模リスクによるディスカウント:小規模企業は事業基盤が脆弱でリスクが高い(DCF法では割引率への「サイズプレミアム」加算として現れる要因)
  • オーナー依存リスク:経営者が変わると業績が不安定化しやすい
  • 情報の非対称性:財務情報の信頼性が上場企業より低い

一般的に、金融データベースで取得した上場企業の生の倍率をそのまま中小企業に当てはめる場合には、20〜40%程度(EBITDA数億円未満の規模ではさらに大きく)のディスカウントを適用するのが実務的な目安です。本記事の倍率表は上場企業の取引水準等を参考にした「目安」であり、中小M&Aの実取引は表のレンジ下限側、あるいはそれを下回る水準となる例も多くあります。表の値にさらに上記のディスカウント率を機械的に重ねて適用する(二重割引)のではなく、規模・流動性・オーナー依存度を踏まえて、表のレンジ内での位置取りや下方調整として反映してください。

倍率を上げる(=会社の評価を高める)ためにできること

M&Aの前に以下の点を改善することで、適用倍率が上がる可能性があります。

  1. 経営の属人性を下げる — マニュアル化・権限委譲を進める
  2. 顧客集中度を分散する — 特定顧客への依存度を30%以下に
  3. ストック収益を増やす — サブスクリプション・保守契約の比率を上げる
  4. 財務データを整備する — 月次決算の精度を上げ、管理会計を導入する
  5. 成長の余地を示す — 未開拓市場・新規事業の可能性を具体的に説明できるようにする

これらは「バリューアップ」と呼ばれ、M&Aアドバイザーが売却前に支援する領域です。

まとめ

  • EBITDA倍率は業種によって3倍〜20倍と大きな差がある(上場水準等を参考にした目安)
  • 中小企業では上場企業より20〜40%低い倍率が適用される傾向
  • 倍率はオーナー依存度・顧客集中度・成長性で上下する
  • まずは自社の業種に当てはまる倍率でValSimを使って概算を出し、その上で専門家に相談するのが効率的

※ 本記事は2026年7月6日に内容を確認・更新しています(筆者は2026年6月24日付で税理士登録)。

※ 本記事およびValSimの各ツールは、概算・教育目的の簡易モデル(固定実効税率30%・業種別の目安倍率等)に基づくものであり、実際のM&A取引価格や正式な株式価値算定の結果とは異なります。記事中の倍率・相場・料率は更新時点の目安であり、個別案件では前提により大きく異なります。実際の意思決定にあたっては、公認会計士・税理士等の専門家にご相談ください。