EV/EBITDA倍率とは
EV/EBITDA倍率とは、企業価値(EV:Enterprise Value)がEBITDA(利払前・税引前・償却前利益)の何倍かを示す指標です。「EBITDAマルチプル」「EBITDA倍率」とも呼ばれ、M&Aの価格交渉で最も広く使われる「ものさし」です。
計算式:
EV/EBITDA倍率 = 企業価値(EV) ÷ EBITDA
逆に言えば、企業価値 = EBITDA × 倍率 で概算できます。たとえば「6倍」なら、その会社が1年間に生み出すキャッシュ(の近似値)の6年分で事業全体を買う、というイメージです。
この指標は「分子のEV」と「分母のEBITDA」に分解して理解するのが近道です。順番に見ていきます。
EV(企業価値)とは — 株式価値とのブリッジ
EVは、株主に帰属する価値(株式価値)だけでなく、債権者に帰属する価値(有利子負債)も含めた事業全体の価値です。株式価値とEVは次の関係にあります。
| 項目 | 金額(例) | 内容 |
|---|---|---|
| 株式価値(時価総額) | 4.0億円 | 株主に帰属する価値 |
| + 有利子負債 | +2.5億円 | 借入金・社債など |
| − 現預金(余剰資金) | −0.5億円 | 事業運営に必要な水準を超える手元資金 |
| = 企業価値(EV) | 6.0億円 | 事業全体の価値 |
「有利子負債 − 現預金」を**ネットデット(純有利子負債)**と呼びます。上の例では 2.5億円 − 0.5億円 = 2.0億円 です。つまり、
- EV = 株式価値 + ネットデット
- 株式価値 = EV − ネットデット
と、両方向に変換できます。
なぜ負債を足すのか。M&Aで会社を買収すると、買い手は対象会社の借入金も実質的に引き受けることになるからです。そのため「この事業をいくらと見るか」はまずEVベースで考え、そこからネットデットを差し引いて「株主が受け取る対価=株式価値」に引き直す、という二段階で価格を考えるのがM&Aの基本的な流れです。
EBITDAとは — なぜ償却前の利益で見るのか
EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)は、簡便法では次のように計算します。
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費
わざわざ減価償却費を足し戻すのは、次の理由からです。
1. 本業のキャッシュ創出力に近づける
減価償却費は現金支出を伴わない費用です。これを足し戻すことで、「この事業が年間いくらのキャッシュを生むか」の近似値になります。
2. 会計方針・投資タイミングの影響を排除する
償却方法(定額法・定率法)や設備投資の時期が違うだけで営業利益は変わります。償却前の利益で見れば、こうした差を排除して企業同士を比較できます。
3. 資本構成・税率の影響も受けない
利払前・税引前の利益なので、借入の多寡や税率の違いによらず事業そのものの収益力を比較できます。
なお、中小企業のM&A実務では、オーナー役員報酬の水準や個人的経費などを調整した正常化EBITDAに引き直してから倍率を掛けるのが通常です。調整項目の内訳はEBITDA正常化ツールで試算できます。
計算例:EBITDA1億円の会社の企業価値と株式価値
ここまでの内容を、1本の数値例で通してみます。
前提: 営業利益0.8億円、減価償却費0.2億円、有利子負債2.5億円、現預金(余剰資金)0.5億円、適用倍率6倍
- Step 1(EBITDA): 0.8億円 + 0.2億円 = 1.0億円
- Step 2(EV): 1.0億円 × 6倍 = 6.0億円
- Step 3(ネットデット): 2.5億円 − 0.5億円 = 2.0億円
- Step 4(株式価値): 6.0億円 − 2.0億円 = 4.0億円
同じ「EBITDA1億円の会社」でも、借入が多ければ株式価値(株主の受け取る対価のベース)は小さくなり、逆に無借金で現預金が厚ければ株式価値がEVを上回ることもあります(ネットキャッシュの状態)。「EBITDA×倍率」の金額がそのまま売買価格になるわけではない——これがEV/EBITDA倍率を使ううえで最初に押さえるべきポイントです。
EV/EBITDA倍率の目安 — 業種で3倍〜20倍
適用する倍率は業種によって大きく異なり、おおむね3倍〜20倍の幅があります。多くの業種では中央値5〜8倍程度、SaaSやDeepTechなどの成長領域では10倍を超える水準も見られます。
業種ごとの具体的な目安(低め・中央値・高めの一覧表)と、中小企業に適用する際のディスカウントの考え方は、姉妹記事のEBITDA倍率の業種別目安一覧にまとめています。自社の業種の倍率レンジを確認したい方はそちらをご覧ください。
Net Debt/EBITDA倍率との違い
EV/EBITDA倍率と混同されやすい指標に、**Net Debt/EBITDA倍率(ネットデットEBITDA倍率)**があります。計算式は「ネットデット ÷ EBITDA」で、先ほどの例なら 2.0億円 ÷ 1.0億円 = 2.0倍 です。
同じ「EBITDAの倍率」でも、両者の意味はまったく異なります。
| EV/EBITDA倍率 | Net Debt/EBITDA倍率 | |
|---|---|---|
| 何のモノサシか | 買収価格(企業価値の水準) | 借入返済能力(財務健全性) |
| 分子 | 企業価値(EV) | ネットデット(有利子負債−現預金) |
| 主な使い場面 | M&Aの値決め・上場企業の割安/割高判断 | 融資審査・財務規律・LBOの借入設計 |
| 数値の見方 | 高い=評価が高い(買い手には割高) | 高い=借入負担が重い |
Net Debt/EBITDA倍率は「純有利子負債をEBITDA何年分で返せるか」を表し、低いほど返済余力に余裕があると評価されます。日本の金融機関の融資実務では、類似の指標である債務償還年数(有利子負債 ÷(営業利益+減価償却費)等で計算)が10年以内かどうかが一つの目安とされることが多く、またLBO(買収ファイナンス)では調達可能な借入額を「EBITDAの何倍まで」という形で設計するのが一般的です。
検索などで「EBITDA倍率の目安」を調べる際は、価格のモノサシ(EV/EBITDA)の話か、返済能力のモノサシ(Net Debt/EBITDA)の話かを区別して読むことをおすすめします。
EV/EBITDA倍率の限界・注意点
便利な指標ですが、万能ではありません。主な限界は次の4点です。
1. 赤字企業には使えない
EBITDAがマイナスの会社では倍率が計算できません。成長投資で意図的に赤字にしているスタートアップなどは、売上高ベースのPSR法(売上高倍率法)で評価するのが一般的です。
2. 設備投資の重い業種では実力を過大評価しやすい
EBITDAは減価償却費を足し戻す一方、設備の更新投資(CAPEX)は考慮しません。維持投資が大きい業種では、EBITDAが大きくても実際に残るキャッシュフローは小さいことがあります。こうした業種ではDCF法によるクロスチェックが有効です。
3. 単年度の利益水準に依存する
たまたま好調(不調)だった年のEBITDAを使うと評価が大きく振れます。複数年平均や正常化調整で「実力ベースのEBITDA」に引き直すことが重要です。
4. 中小企業には上場企業の倍率をそのまま使えない
流動性・企業規模・オーナー依存度を理由に、上場水準からディスカウントして適用するのが実務です。考え方の詳細は業種別目安の記事を、類似企業の選び方やプレミアム・ディスカウント調整の全体像はマルチプル法とはをご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. EV/EBITDA倍率は何倍が目安ですか?
A. 業種によって3倍〜20倍と大きな幅があります。多くの業種では中央値5〜8倍程度が目安です。業種ごとの具体的なレンジはEBITDA倍率の業種別目安一覧で確認できます。
Q. EV/EBITDA倍率とNet Debt/EBITDA倍率はどう違いますか?
A. EV/EBITDA倍率は「買収価格のモノサシ」、Net Debt/EBITDA倍率は「借入返済能力のモノサシ」です。前者は企業価値がEBITDAの何倍か、後者は純有利子負債をEBITDA何年分で返せるかを表します。
Q. EBITDAが赤字でもEV/EBITDA倍率は使えますか?
A. 使えません。EBITDAがマイナスだと倍率が計算不能になるため、赤字企業やアーリーステージのスタートアップは売上高ベースのPSR法で評価するのが一般的です。
Q. EV/EBITDA倍率とPERの違いは何ですか?
A. PERは株式価値(時価総額)ベース・税引後利益ベースの指標で、借入の多寡や税率の影響を受けます。EV/EBITDA倍率は事業全体の価値ベース・利払税引償却前利益ベースなので、資本構成の異なる企業同士を比較でき、M&Aではこちらが標準です。他の指標との使い分けはマルチプル法とはで解説しています。
Q. EBITDAは何と読みますか?
A. 「イービットディーエー」「イービッダー」などと読まれ、統一的な決まりはありません。EV/EBITDA倍率は「イーブイ・イービッダー倍率」のように読むのが一般的です。
まとめ
- EV/EBITDA倍率は「企業価値(EV)がEBITDAの何倍か」を示す、M&Aの値決めの標準的なモノサシ
- EV=株式価値+ネットデット。「EBITDA×倍率」で出るのはEVであり、株式価値へはネットデットを差し引いて変換する
- EBITDA=営業利益+減価償却費(簡便法)。キャッシュ創出力の近似として、会計方針・資本構成の影響を排除して比較できる
- Net Debt/EBITDA倍率は借入返済能力の指標であり、EV/EBITDA倍率とは役割がまったく異なる
- 赤字企業・設備投資の重い業種では限界があるため、PSR法やDCF法との併用が有効
自社の数値でまず概算してみたい方は、ValSimの企業価値算定ツールに業種と営業利益・減価償却費等を入力すれば、業種別の目安倍率でEVから株式価値までを無料・登録不要で試算できます。
※ 本記事は2026年8月4日に公開しています(筆者は2026年6月24日付で税理士登録)。
※ 本記事およびValSimの各ツールは、概算・教育目的の簡易モデル(固定実効税率30%・業種別の目安倍率等)に基づくものであり、実際のM&A取引価格や正式な株式価値算定の結果とは異なります。記事中の倍率・相場・料率は更新時点の目安であり、個別案件では前提により大きく異なります。実際の意思決定にあたっては、公認会計士・税理士等の専門家にご相談ください。