DCF法とは
DCF法(Discounted Cash Flow法)は、企業が将来生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を現在価値に割り引いて企業価値を算定する手法です。
M&Aの実務では、EBITDA倍率法と並んで最もよく使われる算定手法です。特に事業計画がしっかりしている企業や成長企業の評価に適しています。
基本的な考え方:
「今もらえる100万円」と「5年後にもらえる100万円」では、今もらえる方が価値が高い。この時間価値を考慮して、将来のキャッシュフローを「今の価値」に換算するのがDCF法です。
DCF法の計算式(基本式)
DCF法の基本式は次のとおりです。
企業価値(EV)= Σ(各年度のFCF ÷(1 + 割引率)ᵗ)+ ターミナルバリュー ÷(1 + 割引率)ⁿ
式に登場する要素は実質3つだけです。
| 要素 | 意味 | 決め方 |
|---|---|---|
| FCF(フリーキャッシュフロー) | 各年度に事業が生み出すキャッシュ | 事業計画から予測(通常5〜10年) |
| 割引率(WACC) | 将来のお金を現在価値に引き直す利率 | 案件ごとに算定(中小M&Aの概算では8〜15%程度の水準感) |
| ターミナルバリュー(TV) | 予測期間後に生み出される価値 | 永久成長率モデル等で算定 |
以下、この3要素を4つのステップに分けて順番に見ていきます。
DCF法の計算ステップ
DCF法は4つのステップで計算します。
ステップ1:フリーキャッシュフロー(FCF)の予測
将来5〜10年間のFCFを予測します。
FCF = NOPAT + 減価償却費 − 設備投資 − 運転資本増加
NOPATは「税引後営業利益」で、以下のように計算します:
NOPAT = EBIT ×(1 − 税率)= (EBITDA − 減価償却費)×(1 − 税率)
※ 実務では2通りの計算があります。厳密法は上記のとおりEBIT(=EBITDA−減価償却費)に課税してから減価償却費を戻す方法で、減価償却費の節税効果(=減価償却費×税率)を正しく取り込みます。一方、EBITDAに直接税率を掛ける簡易法(EBITDA×(1−税率)−設備投資−運転資本増加)は、この償却タックスシールド(減価償却費×税率)が漏れるため税負担を過大に見積もり、FCFが小さめ(保守的)に出ます。両者の使い分けはフリーキャッシュフローの計算方法で詳しく解説しています。
ステップ2:割引率(WACC)の設定 — 概算の水準感は8〜15%
将来のCFを現在価値に割り引くための利率を設定します。WACC(加重平均資本コスト)を使います。
WACCは本来、リスクフリーレート・ベータ・マーケットリスクプレミアム等を積み上げて案件ごとに算定するものですが、中小企業M&Aの初期検討・概算では**8〜15%**程度の水準感がよく用いられます。リスクが高い企業ほどWACCは大きくなります。WACC自体の計算式(株主資本コストと負債コストの加重平均)や各パラメータの求め方はWACCの計算方法と中小M&Aでの目安で解説しています。
なお、WACCの構成要素であるリスクフリーレート(日本国債10年利回り)は金利環境によって変動します。執筆時点(2026年半ば)では2.5〜3%程度まで上昇しており、低金利期と比べてWACCが高めに算出される傾向があります。試算時は必ず現在の金利水準を確認した上でパラメータを設定してください。
ステップ3:ターミナルバリューの算定
予測期間後の企業価値を算定します。2つの方法があります。
永久成長率モデル(Gordon Growth Model):
TV = 最終年度FCF ×(1 + 永久成長率)÷(WACC − 永久成長率)
永久成長率は通常0.5〜2.0%(名目GDP成長率以下)に設定します。上限の目安としてリスクフリーレート(長期国債利回り)を超えない範囲とする実務も広く行われています(NYUのDamodaran教授が推奨する簡便な上限ルール。経済全体の名目成長率の代理変数としてリスクフリーレートを使う考え方です)。
Exit Multiple法:
TV = 最終年度EBITDA × Exit倍率
EBITDA倍率法とのクロスチェックとして使われます。
ステップ4:現在価値の合計 = 企業価値
各年度のFCFとターミナルバリューを割り引いて合計します。
EV = Σ(FCFₜ ÷(1+WACC)ᵗ)+ TV ÷(1+WACC)ⁿ
DCF法の計算例:FCF予測から株式価値まで通しで計算
C社(IT企業)の場合:
前提条件:
- 直近EBITDA:1億2,000万円
- 売上成長率:Phase 1(1〜3年)8%、Phase 2(4〜5年)4%
- EBITDAマージン:15%(安定)
- 実効税率:30%
- WACC:10%
- 永久成長率:1.0%
- FCF:各年度の税引後EBITDA(=EBITDA×(1−実効税率))から設備投資・運転資本増加を控除した後の金額。本例では簡便に税引後EBITDAの約80%(残り約20%が設備投資・運転資本増加で流出)と仮定し、EBITDAは売上成長率と同率で伸びるものとした
※ 実効税率30%は簡略化のための仮定です。2026年4月1日以後開始事業年度からは防衛特別法人税(基準法人税額×4%)により、標準的な法定実効税率は約31.5%(東京都・超過税率適用法人の場合)です。
①FCFを5年分予測する
直近EBITDA 1億2,000万円を成長率で伸ばし、税引後(×(1−30%))にしたうえで、設備投資・運転資本増加の流出分(約2割)を控除してFCFを置きます。
| 項目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 |
|---|---|---|---|---|---|
| EBITDA | 12,960万 | 13,997万 | 15,117万 | 15,721万 | 16,350万 |
| 税引後EBITDA(×70%) | 9,072万 | 9,798万 | 10,582万 | 11,005万 | 11,445万 |
| FCF(概算) | 7,200万 | 7,800万 | 8,400万 | 8,700万 | 9,100万 |
※ FCFは税引後EBITDAの約8割(79〜80%)を百万円単位に丸めた概算値です。
②各年度のFCFをWACC10%で割り引く
割引係数は「1 ÷(1+WACC)ᵗ」です。1年目なら 1÷1.10=0.909、2年目なら 1÷1.10²=0.826 …と、遠い年度ほど小さくなります。
| 項目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 |
|---|---|---|---|---|---|
| FCF(概算) | 7,200万 | 7,800万 | 8,400万 | 8,700万 | 9,100万 |
| 割引係数 | 0.909 | 0.826 | 0.751 | 0.683 | 0.621 |
| FCF現在価値 | 6,545万 | 6,443万 | 6,308万 | 5,942万 | 5,651万 |
予測期間FCFの現在価値合計:30,889万円(約3.1億円)
※ 割引係数は小数第3位まで、金額は万円未満を四捨五入して表示しているため、以降の合計には僅少な端数差が生じることがあります。
③ターミナルバリューを計算する
永久成長率モデルで、5年目末時点のターミナルバリュー(TV)を計算します。
TV = 9,100万 ×(1 + 1.0%)÷(10% − 1.0%)= 9,191万 ÷ 0.09 ≒ 102,122万円(約10.2億円)
これは「5年目末時点」の価値なので、5年分割り引いて現在価値に直します。
TVの現在価値 = 102,122万 × 0.621 ≒ 63,418万円(約6.3億円)
④現在価値を合計して企業価値(EV)を求める
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 予測期間FCFの現在価値合計(②) | 30,889万円 |
| ターミナルバリューの現在価値(③) | 63,418万円 |
| 企業価値(EV) | 94,307万円(約9.4億円) |
この例では、ターミナルバリューがEVの約67%を占めています。ターミナルバリューの比率が高い場合は、予測期間の延長や前提の見直しを検討すべきです。
⑤企業価値(EV)から株式価値へ(EVブリッジ)
上記のEVは「事業全体の価値」であり、株主が受け取る対価(株式価値)とは一致しません。両者は次の式(EVブリッジ)でつながります。
株式価値 = 企業価値(EV)− 有利子負債 + 余剰現預金
C社に有利子負債が2億円、事業運営に不要な余剰現預金が5,000万円あるとすると:
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 企業価値(EV) | 94,307万円 |
| (−)有利子負債 | △20,000万円 |
| (+)余剰現預金 | +5,000万円 |
| 株式価値 | 79,307万円(約7.9億円) |
「EV 9.4億円=株式を9.4億円で売れる」ではない点に注意してください(実際の株式売買価格は、ネットデット控除後の株式価値をベースに交渉されます)。
ここまでの一連の計算(FCF予測→割引→ターミナルバリュー→EVブリッジ→株式譲渡時の税引後手取りまで)は、ValSimのDCF法計算ツールに同じ前提を入力すれば自動で行えます。WACC×永久成長率の感度分析マトリクスも同時に表示されるため、前提を変えたときの結果の振れ幅まで一度に確認できます(無料・登録不要)。
DCF法をExcelで計算する方法
ExcelでDCF法を組む場合、基本の手順は次の4つです。
- 年度別のFCFを横一列に並べる(例:B2〜F2に1〜5年目のFCF)
- ターミナルバリューを計算し、最終年度のセルに加算する(5年目のセル=5年目FCF+TV)
- NPV関数で一括割引する:
=NPV(10%, B2:F2)→ 企業価値(EV) - EVから有利子負債を引き、余剰現預金を足して株式価値に引き直す
本記事の計算例なら =NPV(10%, 7200, 7800, 8400, 8700, 111222) ≒ 94,305(万円)となり、先ほどの約9.4億円が再現できます(111,222=5年目FCF 9,100+TV 102,122。表の94,307万円との僅差は割引係数の丸めによるものです)。
NPV関数を使うときの注意点:
- NPV関数は、範囲の1つ目の値を「1年後(期末)のキャッシュフロー」として割り引きます。現時点(期初)で発生する投資額は範囲に含めず、NPVの結果に別途加減します
- 買収価格の妥当性を検討する場合は、初期投資をマイナス値で先頭に置いた範囲にIRR関数を使うと、その投資の内部収益率(利回り)を計算できます
- 実務では期央割引(Mid-year Convention)などの調整を加えることもありますが、概算段階では上記の年末割引で十分です
前提を変えるたびにExcelを組み直すのが手間であれば、DCF法計算ツールを使えば関数を一切組まずに、EBITDA・成長率・WACC等を入力するだけで、ターミナルバリューの計算からEVブリッジ・感度分析までブラウザ上で完結します。
DCF法の長所と短所
長所:
- 企業固有の成長性・収益性を反映できる
- 「理論的に最も正しい」とされる(ファイナンスの教科書的には標準手法)
- 事業計画との整合性を検証できる
短所:
- 前提パラメータ(成長率・WACC・永久成長率)次第で結果が大きく変わる
- 事業計画の精度に依存する(計画がないと使えない)
- ターミナルバリューの影響が大きすぎることがある
EBITDA倍率法との使い分け(中小M&A実務での位置づけ)
以下は中小企業M&Aの実務ワークフローにおける位置づけです(ファイナンス理論上はDCF法が最も精緻とされます)。
| 観点 | DCF法 | EBITDA倍率法 |
|---|---|---|
| 必要データ | 将来の事業計画 | 過去3期のPL |
| 計算の複雑さ | 高い | 低い |
| 適する企業 | 成長企業、事業計画あり | 安定企業、過去実績ベース |
| 主観の影響 | 大きい(WACC・成長率) | 小さい(市場データ) |
| 実務での位置づけ | クロスチェック手法 | 最初に使われる手法 |
推奨アプローチ: まずEBITDA倍率法で概算を出し、DCF法でクロスチェックする。両方の結果が近ければ信頼性が高まります。
よくある質問(FAQ)
Q. DCF法の計算式は?
A. 企業価値(EV)= Σ(各年度FCF ÷(1+WACC)ᵗ)+ ターミナルバリュー ÷(1+WACC)ⁿ です。株主に帰属する株式価値を求める場合は、ここから有利子負債を差し引き、余剰現預金を加えます(EVブリッジ)。
Q. DCF法の割引率の目安は?
A. 割引率にはWACC(加重平均資本コスト)を使います。WACCは案件ごとにパラメータを積み上げて算定するものですが、中小企業M&Aの概算検討では8〜15%程度の水準感がよく用いられます。事業リスクが高いほど、また企業規模が小さいほど(サイズプレミアム)高くなります。金利環境によっても変動するため、試算時点のリスクフリーレートの確認が必要です。
Q. エクセルを使わずにDCF法を計算できるサイトはありますか?
A. ValSimのDCF法計算ツールなら、FCF・WACC・永久成長率を入力するだけでブラウザ上で企業価値を無料計算できます(登録不要)。WACC×成長率の感度分析マトリクスも自動表示されます。他の無料ツールとの比較は無料の企業価値算定ツールまとめをご覧ください。
Q. ターミナルバリューとは何ですか?
A. 予測期間(通常5〜10年)より後に企業が生み出す価値の合計です。「最終年度FCF×(1+永久成長率)÷(WACC−永久成長率)」で計算する永久成長率モデルが一般的で、永久成長率は0.5〜2.0%程度(上限の目安はリスクフリーレート以下)に設定します。DCF法の結果に占めるターミナルバリューの比率は大きくなりがちで(本記事の計算例では約67%)、前提の妥当性検証が重要です。
Q. ターミナルバリューが企業価値の大半を占めてしまうのは問題ですか?
A. TVがEVの6〜7割を占めること自体は珍しくありません(本記事の計算例でも約67%)。ただし8割を超えるような場合は、遠い将来の不確実な前提が結果を支配している状態なので、予測期間の延長、永久成長率の引き下げ、Exit Multiple法によるクロスチェックなど、前提の見直しを検討すべきです。
Q. DCF法の予測期間は何年が適切ですか?
A. 通常5〜10年です。中小企業では信頼性のある事業計画を5年程度までしか作れないことが多く、5年で区切ってターミナルバリューに引き継ぐ設計が実務では一般的です。予測期間を短くしすぎるとターミナルバリューへの依存度が高まるため、成長が安定するまでの期間をカバーできる長さに設定します。
Q. DCF法とEBITDA倍率法はどちらを使うべきですか?
A. 中小M&Aの実務では、まずEBITDA倍率法で概算し、事業計画があればDCF法でクロスチェックする流れが標準的です。両者の結果が近ければ算定の信頼性が高まります。
Q. 中小企業のM&AでもDCF法は使われますか?
A. 使われますが、中心的な手法ではありません。中小M&Aの現場ではEBITDA倍率法などの倍率ベースの手法が主流で、DCF法は信頼できる事業計画がある場合のクロスチェックとして用いられるのが実情です。一方、成長企業の資金調達やファンドが関与する案件ではDCF法が中心になります。手法ごとの適否は企業価値算定の3つの方法の比較で解説しています。
まとめ
- DCF法は将来のFCFを割り引いて企業価値を算定する手法
- WACC(割引率)とターミナルバリューの設定が結果を大きく左右する
- EBITDA倍率法と組み合わせてクロスチェックするのがベストプラクティス
- ExcelならNPV関数で計算できる。ValSimのDCF法ツールなら関数不要で、感度分析(WACC×成長率のマトリクス)付きで結果が表示される
※ 本記事は2026年8月7日に内容を確認・更新しています(筆者は2026年6月24日付で税理士登録)。
※ 本記事およびValSimの各ツールは、概算・教育目的の簡易モデル(固定実効税率30%・業種別の目安倍率等)に基づくものであり、実際のM&A取引価格や正式な株式価値算定の結果とは異なります。記事中の倍率・相場・料率は更新時点の目安であり、個別案件では前提により大きく異なります。実際の意思決定にあたっては、公認会計士・税理士等の専門家にご相談ください。