PSR法で赤字企業の価値を算定する方法
PSR法(売上高倍率法)で赤字企業やスタートアップの企業価値を算定する方法を解説。業種別PSR倍率の目安と、成長率による倍率調整の考え方。
加藤 陽生
公認会計士IPO準備企業の管理部長、M&Aアドバイザリー業務に従事。 中立的な立場で経営者のM&A判断をサポート。
PSR法とは
PSR法(Price to Sales Ratio法、売上高倍率法)は、売上高に業種別の倍率を掛けて企業価値を算定する手法です。
計算式: 企業価値(EV) = 売上高 × PSR倍率
最大の特徴は、赤字企業でも算定可能なことです。EBITDA倍率法はEBITDAが赤字だと使えませんが、PSR法は売上高さえあれば算定できます。
PSR法が適するケース
スタートアップ・成長企業
創業から数年の企業は、成長投資(人材採用・マーケティング等)により意図的に赤字を出していることが多いです。この場合、現在の利益ではなく「将来の売上ポテンシャル」を評価すべきであり、PSR法が適しています。
SaaS・サブスクリプション型ビジネス
SaaS企業の評価では、ARR(年間経常収益)にPSR倍率を掛ける手法が広く使われています。ストック収益の予測可能性が高いため、売上ベースの評価に合理性があります。
プラットフォーム型ビジネス
GMV(流通総額)やテイクレート(手数料率)が成長過程にある場合、現時点の利益より売上の成長トレンドが重要です。
赤字だが売上は成長している企業
一時的な赤字(新規事業投資、大型採用等)で利益が出ていないが、売上は順調に伸びているケースです。
業種別PSR倍率の目安
| 業種 | PSR目安 | 備考 |
|---|---|---|
| SaaS(高成長:30%+) | 8.0〜20.0x | ARRベース。NRR 120%超で上振れ |
| SaaS(安定成長:10〜30%) | 4.0〜8.0x | チャーンレートが重要 |
| EC・マーケットプレイス | 2.0〜6.0x | テイクレートとGMV成長 |
| IT受託・SI | 1.0〜3.0x | 労働集約のため倍率低め |
| コンシューマーアプリ | 3.0〜10.0x | DAU/MAU・LTVで大きく変動 |
| 製造業(成長期) | 0.8〜2.0x | 通常はEBITDA倍率法を優先 |
| 飲食チェーン(赤字期) | 0.5〜1.5x | 店舗数・出店余地で評価 |
※ 上記は一般的な目安です。個別の成長率・収益性によって大きく変動します。
成長率とPSR倍率の関係
PSR倍率は成長率と強く相関します。同じSaaS企業でも、ARR成長率によって適用倍率が大きく異なります。
| ARR成長率 | PSR倍率の目安 |
|---|---|
| 50%以上 | 15〜25x |
| 30〜50% | 8〜15x |
| 15〜30% | 4〜8x |
| 0〜15% | 2〜4x |
| マイナス成長 | 1〜2x |
ValSimのPSR法ツールでは、入力した成長率に応じて中央値倍率が自動調整されます。
PSR法の計算例
E社(SaaS企業)の場合:
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| ARR(年間経常収益) | 2億4,000万円 |
| ARR成長率 | 35%(YoY) |
| NRR(売上継続率) | 115% |
| 営業損益 | ▲4,000万円(赤字) |
この場合、EBITDA倍率法は使えません(EBITDA赤字のため)。
PSR法で算定すると:
- 適用PSR倍率:8.0〜12.0x(成長率35%、NRR 115%)
- EV = 2億4,000万 × 10.0 = 24億円(中央値)
- レンジ:19.2億〜28.8億円
PSR法の限界
収益性を無視する
同じ売上高でも、粗利率80%のSaaSと粗利率20%の受託開発では企業価値が大きく異なります。PSR法ではこの違いが倍率調整でしか反映されません。
「売上の質」を区別しにくい
一時的な大口案件で売上が膨らんだ年を基準にすると過大評価になります。特に、ARRではなく単発売上が多い企業では注意が必要です。
赤字の「理由」が重要
成長投資のための赤字と、事業モデルの問題による赤字は区別すべきです。
- 良い赤字:売上成長率30%以上で、マーケティング投資を削れば黒字化可能
- 悪い赤字:売上横ばいなのに固定費が重くて赤字
PSR法で高い評価が出ても、赤字の理由を精査しないと誤った判断になります。
EBITDA倍率法・DCF法との組み合わせ
PSR法を単独で使うのではなく、他の手法と組み合わせるのがベストプラクティスです。
赤字企業の推奨アプローチ:
- PSR法で現時点の概算を出す
- DCF法で「黒字化後の将来価値」を算定する
- 両者のレンジを比較し、妥当な範囲を見極める
黒字化が近い企業の場合:
- PSR法で概算を出す
- 正規化後のEBITDAで倍率法も試す(一時費用を除外した黒字ベース)
- 両者のクロスチェック
まとめ
- PSR法は赤字企業・スタートアップでも使える代表的な簡便法
- SaaS企業ではARR × PSR倍率が事実上の標準
- 成長率30%超の高成長企業では8〜20倍の倍率がつく
- ただし収益性を無視するため、他の手法とのクロスチェックが必須
- ValSimのPSR法ツールで、成長率に応じた倍率自動調整と企業価値レンジを確認できる