WACCとは
WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)は、企業が資金調達に必要なコストの加重平均です。DCF法で将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く際の割引率として使います。
WACCが高いほど、将来のCFの現在価値は小さくなり、企業価値は低くなります。
WACCの計算式
WACC = E/(E+D) × Re + D/(E+D) × Rd ×(1−T)
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| E | 株主資本の時価 |
| D | 有利子負債の時価 |
| Re | 株主資本コスト |
| Rd | 負債コスト(借入金利) |
| T | 実効税率 |
各パラメータの求め方
株主資本コスト(Re):CAPMで算定
Re = Rf + β × MRP + SP + ILP
| 記号 | 意味 | 日本の目安 |
|---|---|---|
| Rf | リスクフリーレート(10年国債利回り) | 2.5〜3%程度(執筆時点=2026年半ば。金利環境により変動) |
| β | ベータ(業種の市場感応度) | 0.6〜1.5(業種による) |
| MRP | マーケットリスクプレミアム | 5.0〜7.0% |
| SP | サイズプレミアム(小規模リスク) | 2.0〜5.0% |
| ILP | 非流動性プレミアム(割引率への上乗せ) | 0〜3.0% |
ILPとDLOMの二重カウントに注意:非流動性リスクは、①割引率にILP(非流動性プレミアム)を上乗せする方法と、②算定した株式価値にDLOM(非流動性ディスカウント)を乗じる方法の、いずれか一方で反映します。ReにILPを加えたうえで、さらに株式価値からDLOMを控除すると同じリスクを二重に評価してしまうため、併用しないでください。
負債コスト(Rd)
実際の借入金利を使います。中小企業の場合、メインバンクからの借入金利(執筆時点=2026年半ばで2〜4%程度。金利環境により変動)が一般的です。
資本構成(E/D比率)
類似上場企業の資本構成を参考にするか、対象企業の実際の構成を使います。
中小企業M&AでのWACCの目安
上場企業のWACCは通常5〜8%程度ですが、中小企業では以下の要因で高くなります。
| 要因 | 上場企業 | 中小企業 | 差の理由 |
|---|---|---|---|
| リスクフリーレート | 同じ | 同じ | — (注:執筆時点=2026年半ばで2.5〜3%程度。金利環境の変化に注意) |
| ベータ | 業種データあり | 推定が必要 | 非上場で直接計算不可 |
| サイズプレミアム | 0〜1% | 2〜5% | 小規模企業はリスクが高い |
| 非流動性 | 0% | 0〜3% | 株式がすぐに売れない |
| WACC合計 | 5〜8% | 8〜15% |
実務的な目安:
| 企業タイプ | WACC目安 | 補足 |
|---|---|---|
| 安定した中堅企業(売上10億以上) | 8〜10% | 業歴長く、収益安定 |
| 成長中の中小企業(売上3〜10億) | 10〜12% | 成長中だが規模リスクあり |
| 小規模企業(売上3億未満) | 12〜15% | オーナー依存・集中リスク |
| スタートアップ | 15〜25% | 高い不確実性 |
WACCの実務的な算定手順
手順1:類似上場企業のβを取得
同業種の上場企業3〜5社のβ(レバードβ)を取得し、アンレバードβに変換します。
アンレバードβ = レバードβ ÷(1 +(1−T)× D/E)
手順2:対象企業の資本構成でリレバー
対象企業(または業界平均)の資本構成でリレバーします。
リレバードβ = アンレバードβ ×(1 +(1−T)× D/E)
手順3:CAPMで株主資本コストを算定
Re = Rf + β × MRP + SP + ILP
手順4:WACCを算定
WACC = E/(E+D) × Re + D/(E+D) × Rd ×(1−T)
簡易的なアプローチ
上記の手順は厳密ですが、中小企業のM&A初期検討ではWACCを8〜15%の範囲で企業規模に応じて設定し(小規模企業は12%以上を起点)、感度分析で幅を見るアプローチも実務的です。
ValSimのDCF法ツールでは、WACCを入力するとFCFの割引計算が自動で行われ、WACC ±2%の範囲で感度分析テーブルが表示されます。厳密な計算が難しい場合でも、レンジで企業価値を把握できます。
WACCの注意点
- WACCは「正解」がない — パラメータの設定で結果が大きく変わるため、感度分析が必須
- 買い手と売り手で評価が異なることがある — 買い手がシナジーを見込む場合、シナジーは将来キャッシュフロー側に織り込むのが原則で、同じWACCでも算定価値(提示価格)が上がり得ます。シナジーを理由に安易にWACCを引き下げると、リスク低減とCF増加を二重に評価するおそれがあります
- サイズプレミアムの根拠を明確にする — 恣意的に高くすると「評価を下げるための操作」と見なされる
- 定期的に見直す — 金利環境やリスクフリーレートは変動する
まとめ
- WACCはDCF法の割引率。中小企業M&Aでは8〜15%が一般的
- 上場企業より高くなるのはサイズプレミアムと非流動性が主因
- 厳密な算定は複雑だが、初期検討では企業規模に応じ8〜15%(小規模は12%以上を起点)で感度分析するのが実務的
- ValSimのDCF法ツールで、WACCを変えた場合の企業価値の変動を確認できる
※ 本記事は2026年7月6日に内容を確認・更新しています(筆者は2026年6月24日付で税理士登録)。
※ 本記事およびValSimの各ツールは、概算・教育目的の簡易モデル(固定実効税率30%・業種別の目安倍率等)に基づくものであり、実際のM&A取引価格や正式な株式価値算定の結果とは異なります。記事中の倍率・相場・料率は更新時点の目安であり、個別案件では前提により大きく異なります。実際の意思決定にあたっては、公認会計士・税理士等の専門家にご相談ください。