「うちの会社の株はいくら?」——答えは1つではありません

事業承継やM&Aを考え始めた経営者から最も多くいただく質問が「うちの会社の株はいくらなのか」です。

実はこの質問には、目的によってまったく異なる2つの答えがあります。

  1. 税務上の評価額 — 相続・贈与のときに税金の計算に使う株価
  2. 経済的価値(M&Aの株価算定) — 第三者に売却するときの交渉の基礎になる株価

同じ会社の株式なのに、この2つは数倍の差がつくことも珍しくありません。事業承継の方向性(親族に承継するのか、第三者に売却するのか)を判断するには、両方の数字を知っておく必要があります。

2つの「株価」の比較

税務上の評価額M&Aの株価算定(経済的価値)
使う場面相続税・贈与税の申告、親族・同族間の株式移動第三者への売却、資本提携、増資
根拠財産評価基本通達(国税庁)評価実務(DCF法・類似会社比準法・修正純資産法など)
性格画一的。誰が計算しても同じ答えになるよう設計交渉の基礎。前提の置き方でレンジが生じる
将来の収益力原則、直接は織り込まない(過去の配当・利益・純資産ベース)中心的な要素(将来キャッシュフローを評価)
買い手とのシナジー考慮しない交渉次第で価格に反映されうる

税務上の評価額の仕組み(財産評価基本通達)

非上場株式の相続税・贈与税上の評価は、国税庁の財産評価基本通達(178〜189)に従って行います。大枠は次の2段階です。

① 株主の立場で方式が分かれる — 経営に関与する同族株主が取得する場合は「原則的評価方式」、少数株主が取得する場合は配当実績をベースにした「配当還元方式」(一般に低い評価額になります)。

② 会社規模で原則的評価の計算方法が決まる — 従業員数(70人以上は大会社)・総資産・取引金額により大会社・中会社・小会社に区分し、

  • 類似業種比準方式: 国税庁が公表する業種別の株価・配当・利益・純資産のデータと自社を比較して評価(大会社の原則)
  • 純資産価額方式: 会社の資産・負債を相続税評価額ベースに置き直した純資産で評価(小会社の原則)
  • 中会社はこの2つの併用

で計算します。

なお、純資産価額方式では、資産の含み益(評価差額)に対して**法人税額等相当額38%**を控除する調整があります。この率は令和8年の通達改正で37%から38%に変更されており、古い解説記事のままの率で概算すると結果がずれる点に注意が必要です。

ここで押さえていただきたいのは、税務評価は**「課税の公平」のための画一的なものさし**だということです。あなたの会社の将来の成長性や、買い手にとっての価値は、原則として反映されません。

M&Aの株価算定の仕組み

一方、M&Aで使う株価算定は「この会社が将来どれだけキャッシュフローを生むか」という経済的価値を測ります。代表的な手法は3つです。

  • DCF法: 事業計画から将来キャッシュフローを予測し、リスクに応じた割引率で現在価値に割り引く
  • 類似会社比準法(マルチプル法): 類似する上場会社の株価倍率(EV/EBITDA倍率など)を自社の利益指標に当てはめる
  • 修正純資産法: 資産・負債を時価に置き直した純資産で評価する(清算価値・下限の目安)

複数の手法を併用してレンジ(幅)で把握するのが実務の標準です。詳しくは3つの企業価値評価手法の比較記事で解説しています。

どちらが高い?——収益力のある会社ほど差が開く

一般論として、安定して利益を生んでいる会社ほど「M&Aの株価 > 税務上の評価額」となる傾向があります。税務評価は過去の実績と簿価ベースの画一計算であるのに対し、M&Aの株価は将来の収益力を織り込むためです。

逆に、収益力が乏しく資産(不動産など)の含み益が大きい会社では、税務評価額のほうが高く出ることもあります。どちらに転ぶかは会社ごとに異なるため、実際に両方を計算してみるまで分かりません。

2つの株価の差が生む、事業承継の実務論点

この差を知らないまま進めると、次のような判断ミスが起こりがちです。

  1. 選択肢の比較ができない — 「親族内承継での相続税・贈与税の負担」と「第三者売却での手取り額」は、それぞれ別の株価に基づいて計算されます。片方の数字しか知らずに承継方針を決めるのは、値札を見ずに買い物をするようなものです。
  2. 同族間の売買価格を誤る — 親族や自社への株式譲渡を「安いほうの株価」で安易に行うと、税務上の適正価格との差額について思わぬ課税が生じることがあります(低額譲渡の問題)。同族間の株式移動の価格設定は、税務上の論点が多い領域であり、実行前に税理士への相談が必要です。
  3. 交渉の出発点を持てない — M&Aの場面で自社の経済的価値の概算を知らないと、提示された価格が妥当かどうか判断できません。

まず「経済的価値」の概算を無料で把握する

税務上の評価額は、株主構成・会社規模・資産の中身によって計算が大きく変わるため、個別の検討が必要です。一方、経済的価値(M&Aの株価)の概算は、決算書の数字があれば自分で把握できます

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※ 本記事は一般的な制度の解説であり、個別の税務相談・株式評価に代わるものではありません。税務上の評価額の計算には各種の特例・個別事情(特定の評価会社への該当、直前期の配当や組織再編の影響など)が影響するため、実際の評価・申告にあたっては税理士にご相談ください。記事中の税率・通達の内容は執筆時点のものです。